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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)18号 判決 1998年5月20日

神奈川県川崎市高津区下作延八九二番地四

原告

宮澤昭

右訴訟代理人弁護士

篠原義仁

藤田温久

南雲芳夫

根本孔衛

杉井厳一

児嶋初子

岩村智文

西村隆雄

神奈川県川崎市高津区久本二六九-一

被告

川崎北税務署長 山下二三夫

右指定代理人

前澤功

堀久司

森口英昭

宇山聡

石井鋼

佐藤謙一

浅見光浩

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、平成二年一月一九日付けでした、

1  原告の昭和六一年分所得税の更正のうち、所得金額二〇三万九三九七円、税額三万八四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、

2  原告の昭和六二年分所得税の更正のうち、所得金額一九九万九五一五円、税額五万七九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、

3  原告の昭和六三年分所得税の更正のうち、所得金額二六三万〇八六八円、税額一三万四二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、

をそれぞれ取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、中華そば業及び青果小売業を営む個人事業者である原告が、昭和六一年から昭和六三年の各年分(以下 「本件係争各年分」という。)の所得税についてした青色申告に係る所得に関し税務調査を受けた際、第三者の立会いや具体的調査理由の開示を求めるなどして調査に応じなかったとされ、そのため実額により本件係争各年分の所得を確認することが困難であると判断されて、被告から青色申告承認を取り消された上、推計課税による更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたことに対し、推計の必要性及び合理性等を争い、かつ、所得金額について実額による反証をも試みているという事案であり、本件係争各年分における原告のした確定申告、被告のした更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各決定」という。)、原告がした不服申立て並びにこれに対する決定・裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりであって、この点は当事者間に争いがない。

二  本件の争点は、(1)本件における税務調査の手続が違法かどうか、(2)被告がした推計課税に必要性及び合理性が認められるかどうか、(3)原告の実額主張の内容が事実に符合するかどうかである。

これらについての当事者双方の主張は、以下のとおりである。

1  調査手続の違法性

(一) 調査の必要性の欠如

(原告の主張)

東京国税局は、昭和六二年七月、民主商工会の会員を対象とする所得税調査に関し、調査時の立会人排除、調査日の一方的指定、反面調査の早期実施等の八か条からなる「所得税事務運営のポイント」と題する指示文書を出した。これは、売上税導入とマル優制度廃止運動を推進した民主商工会に対する弾圧を目的とするものであり、このような方針は、「昭和六一事務年度留意事項」においても、周知徹底されている。神奈川県においても、これらの文書が出された一年後くらいから、民主商工会の役員、会員らに対する狙撃ち的な調査が行われるようになり、昭和六三年以降、同県内の民主商工会の会員に対する更正処分の件数も急増している。そして、本件調査も、所得の確認の口実で民主商工会の会員である原告に対する弾圧の意図でされたものであり、憲法一四条の保障する平等原則、同法二一条の保障する結社の自由に反し、違憲、違法である。

また、租税法律主義を定め、適正手続を保障する現行憲法の下で、納税者は納税の主体であって、税務調査の単なる客体ではないから、調査の必要性の有無の判断は、調査を担当する税務職員の裁量に委ねられると解すべきではない。したがって、所得税法二三四条が質問検査権行使の要件とする「調査について必要があるとき」とは、納税申告が法律の定める要件に合致しない場合、申告により確定された所得及び税額が過大又は過少と判断される場合、更正の適正を確保するため資料を得る必要のある場合を意味すると解すべきである。すなわち、調査は、申告の真実性・正確性の確認という一般的な理由により正当化されるものではなく、申告に係る税額が過少であるなどの合理的な疑いがある場合にはじめて認められる。しかるに、被告は、このような疑いを基礎づける客観的な事情が存しないにもかかわらず、本件調査を行っており、その必要性は認められない。

被告は、原告の差益率が低いことが調査の理由であるとするが、その程度が同業者と比べて突出しているわけではないから、調査の必要性の具体的根拠たりえない。

(被告の主張)

原告は、所得税法二三四条一項の「調査について必要のあるとき」とは、過少申告等の合理的な疑いがある場合をいい、原告にはそのような疑いを基礎づける事情がないとする。

しかし、税務調査は、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益目的のものであるから、所得税法二三四条一項の「調査について必要のあるとき」とは、当初から過少申告の疑いが明らかである場合に限らず、申告の真実性、正確性を確認する必要がある場合を含むものと解すべきである。被告は、原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の確定申告における差益率が低いことから、原告の帳簿書類等の記入保存状況を調査し、申告の真実性、正確性を確認する必要があると判断したものであり、「調査について必要のあるとき」に当たるというべきである。したがって、本件調査の必要が認められる。

(二) 調査日時の事前通知

(原告の主張)

適正手続の要請からすれば、課税庁の恣意的な課税処分がされることを防止するため、税務調査に際し納税者に防禦の機会が与えられるべきである。そして、調査日時の事前通知は、被調査者の防禦の前提であるから、適正な質問検査の実施のために不可欠というべきであり、事前通知をするかどうかは税務職員の裁量に委ねられると解すべきではない。

被告係官は、原告方に計七回臨場しているが、そのうち事前通知をしたのは昭和六三年一二月二二日と平成元年九月一三日のわずか二回に過ぎない。被告は、原告に防御の機会を与えず、原告が調査に応ずる準備を整えていないときにあえて臨場して、反面調査に移行する口実をつくるため、ことさら事前通知を行わなかったものである。したがって、右措置は違法である。

(被告の主張)

調査の日時・場所の事前通知については、現行法上定めがないが、質問検査の必要性と納税者の私的利益との衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられるというべきである。したがって、事前通知をせずに調査を行っても、それだけで直ちに調査が違法となるものではなく、後述の本件調査の際の状況からして、被告係官が事前通知をせずに質問検査を行ったことが社会通念上相当な限度を超えているとは到底いえない。

(三) 調査理由の告知について

(原告の主張)

被調査者の防禦を実効化し、適正な課税を実現するためには、調査に際し、調査の具体的理由の告知を要するというべきである。そして、告知の内容は、被調査者の防禦に必要な範囲で具体的にされることを要し、単に所得の確認のためといった抽象的な理由を告げるだけでは足りないというべきである。被告係官は、昭和六三年一二月二二日の調査の際、「所得の確認です。」と告げたのみで、具体的な調査理由を説明していない。

被告は、調査理由は原告の差益率が低いことであるが、立会人が同席していたため、守秘義務に反するおそれがあることから、これを原告に告げなかったとする。しかし、差益率が低いということは原告自身の秘密であって、原告はこれが立会人に知られることを当然に了承していたのであるから、被告の主張は理由がない。また、どの部分の差益率が、いかなる対象と比較して低いのかを明示しなければ、告知の内容として不十分というべきである。

なお、国税庁の「昭和五一年度税務運営方針」においてすら、調査内容を納税者が納得するように説明し、納税者の納税知識を深め、将来にわたる適正な申告、納税を指導すべきものとされている。

以上のことから、右調査手続は違法というべきである。

(被告の主張)

調査理由の告知についても、法律上一律に定められているものではなく、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているというべきである。被告係官は、所得の確認のほかに、差益率が低いことも調査理由である旨を原告に説明しているのであり、それ以上に具体的な調査理由を告知し、原告の納得を得た上でなければ、質問検査を行うことができないとは到底いえない。したがって、被告係官の措置が違法であるとはいえない。

(四) 第三者の立会い拒否

(原告の主張)

被調査者に防禦の機会を保障するためには、調査の際に、会計補助者や税理士、会計士のほか、会計・税務について知識を有する者や税務調査に精通している者を立ち会わせることが認められるべきである。ところが、被告は、本件調査に際し、第三者の立会いを拒絶し、立会人がいることを理由に調査が不能であると断定してこれを打ち切った。

被告は、第三者の立会いを認めると、税理士法に違反するおそれがあるとする。しかし、税理士法が禁じているのは、税理士でない者が業として納税者の代理行為を行うことである。立会人は被調査者の代理人として同席するわけではなく、被調査者に代わって質問検査を受けるわけでもないから、税理士法違反の問題は生じない。

また、被告は、守秘義務を立会い拒否の根拠とするが、本件の立会人は原告が自ら要請したのであるから、原告自身の秘密保持は問題とならない。また、取引の相手方の秘密保持についても、守秘義務はもっぱら公務員たる税務職員に課せられることからすれば、立会いを排除する理由にはならない。そして、第三者の立会いが被調査者の防禦のため不可欠のものであることからすれば、立会いを認めることにより生ずる不利益が、これを排除することにより生ずる不利益を上回ることが明白な場合に限って立会い拒否が許されるというべきである。したがって、立会いを認めることにより、取引の相手方が、立会い排除により被調査者が被る不利益を上回る不利益を被るおそれがある場合には、税務職員において、そのようなおそれがあることを具体的に明らかにした上で第三者の辞去を促す必要がある。

以上のことからすれば、被告係官が何らの理由も明らかにすることなく、第三者の立会いを拒絶したことは違法である。

(被告の主張)

質問検査権の行使に当たり第三者の立会いを認めるかどうかは、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられるというべきであり、したがって、第三者の立会いを拒否するのに必ずしも積極的な理由を要するものではなく、それが、社会通念上著しく相当性を欠き、裁量権の濫用に当たるといえるような特段の事情がない限り、違法とはいえない。また、国家公務員法一〇〇条一項は、国家公務員が職務上知りえた秘密を漏らすことを禁止しており、所得税法二四三条は、所得税に関する調査の事務に従事している者又は従事していた者が、その事務に関して知ることのできた秘密を漏らすことを禁じている。被告係官がこれらの規定により守秘義務を負うことは明らかであり、また、ここにいう秘密は、納税者本人に関するものに限られず、取引の相手方に関する秘密も含まれるというべきである。

本件調査には、原告のほかに、原告の友人が立ち会っており、原告が自らの秘密を放棄していたとしても、調査に関係のない立会人がいれば、原告に対する質問検査の内容が立会人に漏れ、守秘義務を全うすることができず、また、税理士資格のない者の立会いを認めることは、税理士法にも違反するおそれがある。したがって、被告係官が原告に対し第三者を退席させた上で調査に協力するよう依頼したことは、その合理的な裁量の範囲内の措置であり、何らの違法もない。

2  推計の必要性

(被告の主張)

(一) 本件調査の経緯

(1) 被告係官は、昭和六三年一一月二九日午前一一時ころ、本件調査のため原告の肩書住所地の中華そば店(以下「中華そば店」という。)に臨場し、応対に出た原告の妻に対し、所得税の調査に来訪した旨告げると、同人は、原告は不在で、原告でないと事業内容が分からないと答えた。そこで、同係官は、翌日電話で連絡するのでその旨原告に伝えるよう依頼したところ、同人は、原告は一二時少し前ならば、中華そば店にいると答えたので、被告係官は、その場を辞去した。

(2) 被告係官は、その翌日である同月三〇日午前一一時五五分ころ、中華そば店に電話をしたところ、原告は大変興奮した口調で、「突然来てなんだお前は。雨で濡れたかばんを椅子の上に置いたから濡れたじゃないか。」、「ラーメン屋と分かっていてこの時間に電話をかけてくるのは非常識だ。」、「今日の午後でもいいから有馬の店へ来い。」などといって電話を切った。

そこで、被告係官は、同日午後二時ころ、川崎市宮前区有馬一四番二二号の原告の青果小売店(以下「青果店」という。)に臨場した。

すると、原告は、被告係官に対し、電話でのやりとりと同じ抗議を繰り返した。同係官が、原告に事業概況や取引銀行について質問し、帳簿書類等の提示を求めると、原告は「調査には必ず立会人を呼ぶ。」「見せるけれども、今日は帳面はこっちにはない。」などと申し立てるのみで、当日の調査には応じなかった。同係官は、その日はこれ以上原告に質問をしても調査の進展は図れないと判断し、次回の調査日時については原告から電話連絡してもらうことにして、その場を辞去した。

(3) 同年一二月一九日、原告から被告係官に対し、同月二二日午後二時ころ青果店に来るよう電話連絡があった。被告係官が右日時に青果店に臨場したところ、店舗の一階には、「川崎北税務署吉田調査官来店」と書かれた垂れ幕がかかっていた。店舗の前には、原告を含む五、六名の男性がおり、原告は一緒に記念写真を撮ろうと申し出るなどした。同係官が二階に案内されると、二階の四畳半には、十数名の立会人が待機しており、店舗の前にいた男性も二階へ上がってきた。被告係官は、四畳半の隣の六畳間に通され、右立会人が見通せる位置に座ったので、非常に威圧感を感じた。同係官は、原告に対し、原告と立会人との関係を尋ねたところ、原告は仲間ないし友達であると答えた。そこで、同係官は、調査に関係のない者の立会いは認められないので、右立会人を退席させるよう要請したが、原告はこれに応ぜず、「おれがおれの家に人を呼んで何が悪い。調査理由をいえ。」などと申し立てた。同係官は、守秘義務に反することになるので、調査に関係のない者は調査に立ち会うことができないと説明し、再度、立会人の退席を求めたが、原告は退席要求に応じようとしなかった。

また、立会人の一人が、「どうして宮澤さんが選ばれたのか。」と発言したので、被告係官が「所得を確認するためです。」と説明したが、原告は「うちを選んだ理由をいわなければ法の下の平等に違反する。」などといって、一向に調査に協力する態度を示さなかった。それでも、被告係官は、少しでも調査を進めたいと考え、原告に対し、立会人を退席させた上で帳簿書類等を提示するよう求め、重ねて調査への協力を求めた。しかし、原告は、被告係官の再三の説得にもかかわらず、帳簿書類等を提示せず、調査に協力する姿勢を示さなかった。そこで、同係官は、これ以上調査を続けることは不可能であると判断し、この日の調査を打ち切り、午後四時ころその場を辞去した。

(4) 被告係官は、同月二六日、原告に電話をし、前回の調査では調査理由が納得できないとのことであったが、差益率が低いことも調査理由の一つであると説明し、改めて調査に協力するよう要請した。すると、原告は、「来年帳簿を見せるよ。」と述べたので、同係官は、次回の調査日時を原告から連絡してもらうことにして、電話を切った。

(5) しかし、原告から何の連絡もなかったので、被告係官は、平成元年一月二三日及び同年二月六日に原告宅に電話をしたところ、いずれも原告の妻が応対し、同人は、原告は商売はやっているがかぜで寝ているので待ってほしいと答えた。

その後も原告から何の連絡もなかったので、同係官は、同年二月一三日午後二時三〇分ころ、青果店に臨場し、翌日帳簿書類等を提示するよう要請した。これに対し、原告は、「来週見せる。」といって、これに応じなかった。そこで、被告係官は、やむなく原告に対し、被告の独自調査に移行すること、帳簿の提示がなければ青色申告が取り消される場合があることを告げて、その場を辞去した。

(6)その後、被告係官は、取引先等の反面調査を進める一方、同年五月一六日午後二時三五分ころ、青果店に臨場した。そして、原告に対し、帳簿の提示がないと青色申告が取り消される場合があること、調査年分が昭和六一年分ないし昭和六三年分となったこと、反面調査を続行することを説明し、あらためて調査に協力するよう要請した。しかし、原告は、「勝手にやるといったんだから勝手にやれ。」などといって、調査に協力しようとしなかった。

(7) 同年七月、担当係官が異動し、新たに原告に対する調査を命じられた被告係官が、同月一七日午前一一時ころ、原告宅に電話をし、調査担当者が交代したことを告げ、所得税の調査に伺いたいと申し入れた。すると、原告は、「お宅の方で勝手に反面調査をやって調査は終わっているだろう。」、「電話では仕方がないので、七月一九日の一〇時に来い。」などといった。

(8) 被告係官は、右日時に中華そば店に臨場し、原告に対し、所得税の調査に伺った旨を告げ、帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告は、「今日は会うだけという話だった。」などといって、同係官が、再三にわたり帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、これに応じなかった。そのため、同係官は、これ以上調査の進展は望めないと判断し、八月中旬に原告から次回の調査日時を連絡してもらうことを約して、その場を辞去した。

(9) しかし、原告から何の連絡もなかったため、被告係官は、同年八月二一日及び同月二九日に原告に電話をしたが、いずれも原告は不在で、応対した妻が電話のあったことを原告に伝えるといった。

その後も原告から連絡がなかったため、被告係官は、同年九月八日、原告に電話をし、調査への協力を求めたところ、原告は、「独自の調査をやって結果を通知するといったのに、帳簿を見せろとはどういうことだ。」などといい立てたが、同係官は、次回の調査日を同月一三日とする約束をとりつけた。

(10) 被告係官は、右約束に従い、同日午前一〇時ころ、中華そば店に臨場したところ、そこには、原告とその妻のほかに八名ほどの立会人が待機していた。同係官が、原告に対し、立会人との関係を尋ねたところ、原告は、「友達だ。」と答えた。そこで、同係官は、前任者と同様に、調査に関係のない者の立会いは認められないと説明し、立会人を退席させるよう要請したが、原告は、「おれがいいといっているんだからいいだろう。」といい、従前と同様、右要請にまったく応じようとしなかった。

それでも、同係官は、何とかして原告の協力を得ようと考え、なおも帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は「独自の調査をやって結果を通知するといったのに、帳簿を見せろとは何事だ。謝罪しなければ見せない。」などと申し立てた。そこで、同係官は、「途中から調査を引き継いだが、なるべく帳簿調査によって調査を終了させたいので、帳簿を提示してほしい。」と要請した。

すると、原告は突然立ち上がり、カウンターの上に置いてあったファイルをカウンターに強くたたきつけて激怒し、川崎北税務署の総務課長らしき者に電話をし、「吉田はもういいといっていたのに、帳簿を見せろとはどういうことだ。」などと抗議するに及んだ。同係官は、このような状況では、これ以上調査を続けるのは不可能であると判断し、午前一一時五〇分ころ、その場を辞去した。

(11) 被告係官は、これまでの調査の状況から原告の所得金額を実額によって算定することは不可能であると判断し、原告の取引先に対する調査を行っていたところ、同年一〇月一一日、偶然、別件調査に立ち会っていた原告と会った。このとき、原告が「帳簿を見せる。」といったので、同係官は、立会人のいないところで帳簿を見せてくれるのかと質したところ、原告は、「立会人は絶対呼ぶ。」と答えた。

そこで、同係官は、「今は結構です。」と答えた。

(12) 原告は、同月二四日、川崎北税務署を訪れ、反面調査ばかりやっていないで、なぜ自分のところに来ないのかなどと抗議したが、原告がやはり立会人を絶対呼ぶといったため、被告係官は、独自に調査を続けると答えた。

(13) このように、原告が調査に第三者を絶対立ち会わせるといって、調査に協力しないため、被告係官は、本件係争各年分の所得金額を実額により算定することができず、原告の取引先に対する調査の結果に基づき、これを推計により算出した。

同係官は、平成二年一月一一日午後一時ころ、原告に電話をし、右推計に係る所得金額を伝えるとともに、青色申告承認を取り消すことを告げ、修正申告の意思があるならば、翌日まで待つと述べた。しかし、原告は、同日午後一時三五分ころ、川崎北税務署を訪れ、同係官に対し、「更正でも何でもしろ。徹底的に闘う。」などと申し立てたので、同係官は、原告に対し、更正せざるを得ない旨を告げた。

(二) 推計の必要性

前述のように、昭和六三年一二月二二日の臨場調査の際、被告係官が二時間もの時間をかけて立会人の退席、調査への協力を要請したにもかかわらず、原告は、立会人の同席や調査理由にこだわるなどして、これに応じなかった。そのため、同係官は帳簿書類の存否の確認すらできなかった。そのほか、電話でのやりとりや臨場の際も、原告は、帳簿を見せるといいながら、立会人の同席を求めるなどして調査拒否の態度に終始した。また、担当係官交代後の平成元年九月一三日の臨場調査の際も、被告係官が一時間五〇分の時間をかけて立会人の退席、調査への協力を要請したにもかかわらず、原告はこれに応ぜず、前任者が反面調査を行ったことについて謝罪を求め、興奮した様子でファイルをカウンターにたたきつけるなどした。そして、右調査後も、依然、立会人の同席の下での調査を求めるなどして、調査に協力する態度を示さなかった。

このような事情からすれば、被告が本件係争各年分の所得金額を実額で把握することは不可能であり、これを推計により算出せざるを得なかったというべきであり、推計の必要性が存したことは明らかである。

(三) 原告の主張に対する反論

(1) 原告は、前記(一)(2)の臨場は、青果店を開業して間もないころで、そもそも青果店は調査の対象となりえず、また、当日、中華そば店の帳簿を青果店に備え置いていなかったので、これを提示することは不可能であったとする。しかし、青果店についても、昭和六二年一一月分及び一二月分については、すでに同年分の確定申告を終えていたのであるから、少なくとも、当日、青果店の売上帳を提示し、その内容について説明することは十分可能であった。

(2) 原告は、前記(一)(3)の臨場調査の際、調査理由を説明してもらえば、いつでも帳簿書類を提示できるように準備していたとするが、当日、原告が帳簿書類を準備していたかは疑わしく、少くとも、原告にこれを提示する意思がなかったことは明らかである。

(3) 前記(一)(5)の臨場の際、原告は、調査自体には応じるが、仕入の都合で来週にしてほしいと要望したが、被告係官は、来週ではだめだから独自に調査すると言い捨てて立ち去ったとする。しかし、原告が次回の調査日時を連絡する旨約しながら、二か月近くも何の連絡もしていなかったことなどからすれば、原告が翌週、真に帳簿書類を提示する意思があったとはいい難い。

(4) また、前記(一)(6)の臨場の際、原告は、反面調査が終わってから、その結果を帳簿と照合すればよいと発言したもので、帳簿を見せる意思はあったとする。しかし、原告の帳簿を閲覧していない被告係官が、原告のすべての取引先に対し反面調査をすることは到底不可能であり、原告はそれを承知の上で、右のような発言をしたのであるから、原告に帳簿を見せる意思があったとはいえない。

(5) 前記(一)(8)の臨場について、原告は、顔合わせに過ぎないと考えており、営業時間中でもあったため、帳簿書類を準備できなかったとするが、前回の調査から一か月以上経ていること、妻に店番を頼むなどして帳簿をとりに行くことも可能であったことからすれば、原告に調査に協力する意思があったとはいえない。

(6) 前記(一)(10)の臨場調査の際、原告は、被告係官の眼前に帳簿を提示し、再三にわたり閲覧を求めたが、同係官は、立会人の存在を唯一の理由に閲覧を拒否したとする。しかし、前述のように、原告は、前任者の対応を非難したり、川崎北税務署に電話して抗議を始めるなど興奮しており、帳簿を閲覧することは到底不可能であった。

(原告の主張)

(一) 本件調査の経緯について

(1) 昭和六三年一一月三〇日、被告係官が青果店に臨場し、帳簿書類の提示を求めたが、このとき、原告は帳簿書類を中華そば店に備え置いていたため、同係官に提示することは不可能であった。原告は、同係官にその旨を説明し、調査には応じ、帳簿も見せるが、立会人を同席させると述べた。すると、被告係官は、改めて同係官の側から調査日時を連絡することを約して、一〇分ほどでその場を退去した。

このように、右臨場の際は、そもそも、帳簿書類の提示が不可能な状況にあり、被告係官も当日の調査にはこだわっていなかったのであり、しかも、原告は積極的に調査に応じる意思があることを明らかにしているのであるから、原告の態度が調査に非協力的であったということはできない。

(2) 同年一二月二二日の臨場調査の際、店舗二階には立会人が一二、三名ほどおり、被告係官は、これらの者の退席を要求した。そこで、原告は、帳簿書類を脇に置きながら、調査理由を明らかにするよう求め、立会人を同席させたまま帳簿書類をみてほしいと申し入れた。しかし、同係官は、調査理由については、「所得の確認です。」と答えたのみで、立会人については、守秘義務違反になるとして、退席要求を繰り返した。なお、このとき、原告は、ダンボール箱の脇に両店の帳簿書類を置いていた。

このように、被告係官は、原告の再三の申入れにもかかわらず、立会人の退席にこだわり、帳簿書類を一切見ようとせず退去した。この間、立会人は、一名が「なぜ宮澤さんを調査の対象にしたのか。」と発言しただけで、同係官を威圧するような態度はとっていない。

また、原告が「吉田係官来店のため休業」という垂れ幕をかけたのは、原告の店舗が雑居建物に入っており、シャッターで閉鎖できないことから、一時休業中であることを示すためで、被告係官に対する嫌がらせのためではない。また、原告が記念写真を撮ろうといったことも、単なる冗談に過ぎない。

(3) 同月二六日、原告は、被告係官との電話でのやりとりの際に、翌年帳簿書類を提示する旨約したが、調査日時については、同係官から連絡をしてほしいと申し入れており、原告から連絡するといったことはない。

(4) 平成元年一月に被告係官から一度電話があり、応対した妻が原告はかぜで寝ているので待ってほしいと答えた。ところが、同年二月一三日に、突然、被告係官が青果店を訪れ、原告に対し、今日、明日中に帳簿書類を提示し調査に応ずるよう要求してきた。そこで、原告は、調査自体には応じるが、翌日は仕入れの都合があるので、来週にして欲しいと申し入れたが、同係官は聞き入れず、「もういい。独自に調査する。」と言い残し、逃げるように立ち去った。

被告は、原告は次回の調査日時を連絡すると約束しながら二か月近くも連絡しなかったのであるから、原告には帳簿書類を見せる意思はなかったとする。しかし、前述のように、原告はそのような約束はしておらず、被告の主張は理由がない。

(5) 同年五月一六日、被告係官が無予告で青果店に臨場し、帳簿書類の提示を求めた。これに対し、原告は、二月一三日の調査のとき、帳簿を見せるといったのに、反面調査をするといって立ち去っておきながら、今ごろ帳簿を見せてくれというのは虫がよすぎる、見せないとはいわないが、被告の反面調査が終了してから、その内容を帳簿と照合してはどうかと述べた。

被告は、原告の帳簿書類を閲覧していないのに、取引先のすべてについて反面調査をすることは不可能であり、原告はこれを知りつつ右のような発言をしたもので、帳簿書類を提示する意思はなかったとする。しかし、被告の反面調査によって信用を傷つけられた原告が、このような発言をしたのは無理からぬことであり、原告の取引先のすべてについて被告が反面調査を行いうるかは、原告の知りえないことである。したがって、これらのことから、原告に帳簿書類を提示する意思がなかったとはいえない。

また、被告係官が無予告で青果店を訪れても、中華そば店に保管してある帳簿書類を提示することは不可能であり、同係官も、当日、帳簿書類の提示を受けることを予定していなかったというべきである。

(6) 同年七月一七日、被告係官から、担当係官が交替したので、同月一九日に顔合わせに行くとの電話連絡があり、同日午前一〇時ころ、被告係官が中華そば店に臨場した。同係官は、担当が替わったと述べた後、帳簿書類の提示を求めてきたが、電話では単なる顔合わせという話であったので、原告は、その準備ができていなかった。原告は、同係官にその旨を説明し、後日、事前に日時を指定してもらえば、調査に協力することは可能であると告げた。同係官は、これを了承し、同年八月中旬に調査を実施することとして、約一〇分で退去した。このとき、具体的な調査日時については、原告が「仕事なんだからそちらから連絡してくれ。」といって、同係官の了承を得た。

(7) 原告は、被告係官から調査日時の連絡があるものと思い、帳簿書類等の提示の準備を整え、連絡を待っていた。しかし、同係官から連絡はなく、同年九月八日ころ、ようやく同月一三日に臨場するとの電話連絡があり、原告はこれに同意した。

(8) 同月一三日の臨場調査の際、原告の依頼した友人四、五名が立会ったが、右立会人は、まったく発言をしておらず、立会人がいても、調査には支障がない状況であった。しかるに、被告係官は、立会人の退席を要求した。原告は、調査に支障がない限り、立会人の同席は当然に認められるべきで、これまでにも、被調査者の友人等数名の立会いの下で、平穏に調査が実施されており、立会いに問題はないと述べ、右退席要求には応じなかった。

また、被告係官が帳簿書類の提示を求めたので、原告は、帳簿書類は提示するし、現に用意してあるが、二月一三日の調査の際、原告がこれを提示するといったのに、なぜ一方的な反面調査を開始したのか納得のいく説明をしてほしいと申し入れた。しかし、同係官は、前任者のことで詳しいことは分からないと無責任な答えをした。そこで、原告は、上司に事情を説明してもらおうと考え、川崎北税務署に電話をし、回答を求めたのである。このときの電話でのやりとりは平穏に行われ、原告がカウンターの上にファイルを投げ捨てるなどしたことはない。

原告は、右電話の後、帳簿ならここにあるからどうぞ見てくれと、帳簿書類等を綴ったファイルを被告係官に示したが、同係官は「立会人を退席させないと、帳簿は見ない。」といって、閲覧を拒否した。原告は、帳簿はここにあるのだから、立会いの下で見てほしいと再三要求したが、同係官は、立会人の存在を唯一の理由に閲覧を拒否し、約一時間で立ち去った。

このように、右調査の際、原告は、帳簿書類等を被告係官の眼前に示し、再三にわたり閲覧調査を求めたにもかかわらず、同係官はこれを拒否したのであり、原告が調査に応じなかったのではない。

(9) 同年一〇月一一日、原告が知人の調査に立ち会った際、たまたま被告係官に会ったため、同係官に対し、自分のところの調査はどうするつもりなのか、帳面を見てくれと述べたが、同係官は「もうそちらに対しては調査をする気はない。」といって、まったく取り合わなかった。

(二) 推計の必要性について

以上のとおり、被告係官は、原告が調査に協力する態度を示していたにもかかわらず、立会人の存在にこだわり、調査に消極的な対応に終始した。したがって、被告が原告の所得を実額で把握することに何らの障害はなかったというべきであり、推計の必要性が存しなかったことは明らかである。

3  本件各更正の根拠

(一) 事業所得の金額及びその計算根拠

(被告の主張)

被告が本訴において主張する本件係争各年分の総所得金額及びその計算根拠は、次のとおりである。

(1) 昭和六一年分

昭和六一年分の総所得金額(事業所得及び譲渡所得の合計金額)は、六一八万八四七八円であり、その算出経過は次のとおりである。

<1> 総収入金額 一九九三万六五〇七円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六一年における麺の仕入金額一一三万〇四〇〇円を、被告が管轄する川崎北税務署管内において個人で中華そば業を営み、かつ、事業規模が原告に類似する者(以下「中華そばに係る比準同業者」という。)の昭和六一年分の売上金額に対する麺の仕入金額の割合の平均値(以下「平均仕入率」という。)五・六七パーセント(別表一の1の<3>欄の平均値)で除して算出した金額である。

<2> 特前所得金額 六六五万〇八一八円

右金額は、前記<1>の総収入金額に、昭和六一年分の中華そばに係る比準同業者の総収入金額に占める特前所得(青色特典控除前の所得金額をいい、総収入金額から売上原価及び経費の額を控除した金額である。以下同じ。)の割合の平均値(以下「中華そばに係る平均特前所得率」という。)三三・三六パーセント(別表一の1の<6>欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業所得の金額 六二〇万〇八一八円

右金額は、前記<2>の特前所得金額から原告の妻宮澤照子に係る事業専従者控除額四五万円を控除した金額である。

<4> 譲渡所得の金額 △一万二三四〇円

右金額は、原告の昭和六一年分の所得税の確定申告書に記載された譲渡所得の金額である。

<5> 総所得金額 六一八万八四七八円

右金額は、前記<3>の事業所得の金額及び前記<2>の譲渡所得の金額の合計額である。

(2) 昭和六二年分

昭和六二年分の事業所得の金額は、六二〇万四五五二円であり、その算出経過は次のとおりである。

<1> 総収入金額 一九九九万二二九七円

右金額は、原告の営む中華そば業及び青果小売業に係る各収入金額の合計であり、その内訳は次のア、イのとおりである。

ア 中華そば業 一八二八万三七一三円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六二年における麺の仕入金額九四万三二〇〇円を、同年分における中華そばに係る比準同業者の平均仕入率五・一七パーセント(別表一の2の<3>欄の平均値)で除して算出した金額である。

イ 青果小売業 一七四万八五八四円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六二年における青果の仕入金額(売上原価)一二八万九四〇六円を、被告が管轄する川崎北税務署管内の宮前区において個人で青果小売業を営み、かつ、事業規模が原告に類似する者(以下「青果に係る比準同業者」という。)の同年分における売上金額に対する売上原価の割合の平均値(以下「平均売上原価率」という。)七三・七四パーセント(別表二の1の<3>欄の平均値)で除して算出した金額である。

なお、原告の同年分の確定申告書に添付された青色決算書には、青果小売業に係る期末棚卸額の記載はなく、業種・業態からみてもその額は僅少と認められることから、期末棚卸額はないものとみなし、同年における仕入金額を売上原価の額としたものであり、以下の係争年分についても同様である。

<2> 特前所得金額 六八〇万四五五二円

右金額は、中華そば業及び青果小売業に係る特前所得金額の合計であり、その内訳は次のア、イのとおりである。

ア 中華そば業 六五三万一二四九円

右金額は、前記<1>のアの中華そば業に係る収入金額に、昭和六二年分における中華そば業に係る特前所得率三五・八パーセント(別表一の2の<6>欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

イ 青果小売業 二七万三三〇三円

右金額は、前記<1>のイの青果小売業に係る収入金額に、昭和六二年分における青果に係る比準同業者の総収入金額に占める特前所得の割合の平均値(以下「青果に係る平均特前所得率」という。)一五・六三パーセント(別表二の1の<6>欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業所得の金額 六二〇万四五五二円

右金額は、前記<2>の特前所得金額から事業専従者控除額六〇万円を控除した金額である。

(3) 昭和六三年分

昭和六三年分の事業所得の金額は、七五八万二〇四六円であり、その算出経過は次のとおりである。

<1> 総収入金額 二八七四万七五五二円

右金額は、原告の営む中華そば業及び青果小売業に係る各収入金額の合計であり、その内訳は次のア、イのとおりである。

ア 中華そば業 一七二九万一三三八円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六三年における麺の仕入金額八七万八四〇〇円を、同年分における中華そばに係る比準同業者の平均仕入率五・〇八パーセント(別表一の3の<3>欄の平均値)で除して算出した金額である。

イ 青果小売業 一一四五万六二一四円

右金額は、被告が把握し得た原告の昭和六三年における青果の仕入金額(売上原価)八四八万九〇五五円を、同年分における平均売上原価率七四・一〇パーセント(別表二の2の<3>欄の平均値)で除して算出した金額である。

<2> 特前所得金額 八一八万二〇四六円

右金額は、中華そば業及び青果小売業に係る特前所得金額の合計であり、その内訳は次のア、イのとおりである。

ア 中華そば業 六三八万九一四九円

右金額は、前記<1>のアの中華そば業に係る収入金額に、昭和六三年分の中華そば業に係る特前所得率三六・九五パーセント(別表一の3の<6>欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

イ 青果小売業 一七九万二八九七円

右金額は、前記<1>のイの青果小売業に係る収入金額に、昭和六三年分の青果に係る平均特前所得率一五・六五パーセント(別表二の2の<6>欄の平均値)を乗じて算出した金額である。

<3> 事業所得の金額 七五八万二〇四六円

右金額は、前記<2>の特前所得金額から事業専従者控除額六〇万円を控除した金額である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

(二) 推計の合理性

(被告の主張)

(1) 被告が中華そば業に係る所得金額を算出するために採用した推計方法は、原告の麺の仕入金額を基礎とし、右金額を中華そばに係る比準同業者の平均仕入率で除して収入金額を算出し、右収入金額に中華そばに係る平均特前所得率を乗じて特前所得金額を算出するというものである。

また、青果小売業に係る所得金額を算出するために採用した推計方法は、原告の青果の仕入金額(売上原価)を基礎とし、右金額を青果に係る比準同業者の平均売上原価率で除して収入金額を算出し、右収入金額に青果に係る平均特前所得率を乗じて原告の特前所得金額を算出するというものである。

被告は、右の中華そば業に係る特前所得金額と青果小売業に係る特前所得金額を合計し、右合計額(昭和六一年分については、中華そばに係る特前所得金額のみ)から事業専従者控除額を控除して事業所得の金額を算出した。

(2) 右推計に用いた比準同業者は、中華そば業については、原告の納税地を管轄する川崎北税務署管内に事業所を有し、原告と同種の中華そば業を営む個人事業者のうち、本件係争各年分ごとに以下の抽出基準のすべてに該当する者を別表一の1ないし3のとおり抽出したものである。

なお、原告の中華そば店が川崎市宮前区にほぼ接する位置にあることから、川崎北税務署管内である中原区、高津区、多摩区、麻生区及び宮前区に事業所を有するものを抽出対象とした。

(抽出基準)

(一) 所得税の確定申告書を川崎北税務署に提出している者

(二) 青色申告の承認を受けている者のうち、青色事業専従者が一名のみで、かつ、他の従業員数が一名以下の者

(三) 本件係争各年分において、麺の仕入金額がそれぞれ次の範囲内(原告の仕入金額の二分の一以上二倍以下)である者

(1) 昭和六一年分

五六万五二〇〇円以上 二二六万〇八〇〇円以下

(2) 昭和六二年分

四七万一六〇〇円以上 一八八万六四〇〇円以下

(3) 昭和六三年分

四三万九二〇〇円以上 一七五万六八〇〇円以下

(四) 年間を通じて中華そば業を継続して営んでいる者

(五) 次の(1)及び(2)のいずれにも該当しない者

(1) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(2) 更正又は決定処分がされている者のうち、次の<1>又は<2>に該当する者

<1> 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過していない者

<2> 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者

(3) 青果小売業については、川崎北税務署管内の宮前区に事業所を有し、原告と同種の青果小売業を営む個人事業者のうち、本件係争各年分ごとに以下の抽出基準のすべてに該当する者を別表二の1及び2のとおり抽出した。

なお、原告の青果店は横浜市都筑区(旧港北区)に接する位置にあるが、同区は神奈川税務署の管轄(平成七年七月以後は緑税務署の管轄)であるため、抽出の対象から除外した。

また、昭和六二年分の比準同業者を昭和六三年分の比準同業者の中から抽出したのは、原告が青果小売業を開業したのが昭和六二年一一月であり、同年分の営業期間が一か月余しかないため、右期間に対応する売上原価を正確に把握して、同業者を抽出することが困難であること、右小売業の規模は、開業当時から昭和六三年までに特段の変化がないことから、右営業期間に近接する昭和六三年分の比準同業者を用いるのが合理的と認めたからである。

(一) 昭和六三年分

(1) 所得税の確定申告書を川崎北税務署に提出している者

(2) 青色申告の承認を受けている者

(3) 売上原価の金額が次の範囲内(原告の売上原価の二分の一以上二倍以下)である者

四二四万四五二八円以上 一六九七万八一一〇円以下

(4) 年間を通じて青果小売業を継続して営んでいる者

(5) 次のイ及びロのいずれにも該当しない者

イ 災害等により経営状態が異常であると認められる者

ロ 更正又は決定処分がされている者のうち、次の<1>又は<2>に該当する者

<1> 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過していない者

<2> 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者

(二) 昭和六二年分

昭和六三年分について抽出された者のうち、昭和六二年分についても前記(一)、(1)、(2)、(4)及び(5)のすべてに該当する者

(4) 以上のとおり、被告は、本件係争各年分の所得金額の推計に当たり、前記各抽出基準のすべてに該当する者を漏れなく抽出しており、恣意が介在する余地はない。そして、原告と業種、事業規模等が類似する青色申告者の平均仕入率(中華そば)、平均売上原価率(青果)及び平均特前所得率(中華そば及び青果)により、本件係争各年分の事業所得の金額を算出したものである。したがって、右推計方法により算出された所得金額は、実際の所得金額に極めて近似した数値が得られているといえるから、被告の推計方法には合理性がある。

(5) 原告の主張に対する反論

(一) 原告は、麺の仕入金額から売上げ金額を推計する場合、売上全体に占める麺類の比率がほぼ同程度の者を比準同業者として抽出すべきであり、原告は売上のほとんどを麺類が占め、麺類以外の売上が多い業者に比べ総所得金額は低くなるから、被告がこれを考慮せずに比準同業者を抽出したことは合理性がないとする。

しかし、推計課税は、納税者の所得金額を直接資料で把握することができない場合に、やむを得ず、間接資料によって推計した金額を真実の所得金額に近似するものとして、課税するものであるから、納税者と比準同業者の類似性を過度に要求すると、推計による課税自体を不可能にすることになりかねない。そして、推計による課税が認められる以上、業種の同一性、事業規模の近似性など、推計の基本的条件が満たされている限り、同業者間に通常存在する程度の個別の営業条件の差異は、それが推計を全く不合理ならしめるほどに顕著なものでない限り、斟酌することを要しないというべきである。

中華そば業者は、別表一の1ないし3にみられるように、概ね、売上金額が多い業者は麺の仕入金額が多く、売上金額が少ない業者は麺の仕入金額が少ないという相関関係があるから、麺の仕入金額から売上金額を推計する方法には合理性があるというべきである。

本件の比準同業者相互の麺の仕入率には、最大で二・四七倍の開きがあるが、昭和六一年分の比準同業者一〇件中五件が、昭和六二年分の一二件中八件が、昭和六三年分の一五件中八件が、各年分の平均値を上回っており、その偏差は小さい。したがって、原告の主張する営業条件の差異は、平均仕入率を算出する過程で捨象されているものというべきである。

また、原告は売上伝票を作成していないため、売上全体に占める麺類の比率を算定することはできず、したがって、右比率が原告と同程度の者を比準同業者として抽出することはそもそも不可能である。

(二) 原告は、被告の推計は、原告と比準同業者の営業内容が同じであることを前提とするが、原告は、麺類一品の単価を近隣の同業者よりも五〇円程度安くしており、麺類の平均的な売上金額は、同業者の平均を下回るから、被告の推計には合理性がないとする。しかし、推計の基礎的条件に欠けるところがない以上、一品当たりの単価の設定の仕方のような個別の営業条件に差異があっても、これを斟酌することを要しないというべきである。また、原告が近隣の同業者との間にそのような価格差を設けていることを裏付ける根拠もない。

(三) 原告は、チェーン店に加盟しているため、仕入金額等が割高となり、その結果、経費率が高いという特殊性があり、このような事情を無視して比準同業者の平均特前所得率を適用した被告の推計は不合理であるとする。

しかし、同業者率による推計は、個々の業者の営業内容等にある程度の差異が存することを前提とせざるを得ないことは前述のとおりであり、納税者との間に過度の類似性を要求して抽出基準を設定すれば、基準のすべてに該当する同業者の数が減少し、かえって、その平均値に客観性を保てなくなるおそれがある。

本件の比準同業者は、一〇ないし一五件であるが、原告の主張する基準を加えた場合、その数は相当程度減少し、かえって、原告の営業の実態に即した同業者の抽出が困難となるおそれがある。

また、チェーン店方式の場合、本部から、麺類のほかにも、ぎょうざ等の材料が加盟店に配達され、これらを他の商店から調達する経費を節減できるから、チェーン店に加盟しているからといって必ずしも経費率が高くなるとはいえない。

そして、本件の比準同業者相互の特前所得率には、最大で三・五三倍の開きがあるものの、各年分の特前所得率が平均値を超える者は、昭和六一年分が一〇件中六件、昭和六二年分が一二件中八件、昭和六三年分が一五件中一一件に及んでいる。したがって、原告の主張するような事情は、右平均値の算出過程で捨象されているというべきである。

(四) 原告は、青果小売業について、開業直後であったため、特別の低価での販売を余儀なくされ、開業に伴う支出がかさむ状況にあったとし、開業後相当年数が経過している業者を比準同業者として抽出したことには合理性がないとする。

しかし、原告が実額反証として主張する青果の売上金額(中華そば店に持ち込んだ分は除く。)から売上原価率を算出すると、別表四のとおり昭和六二年分が七六・三六パーセント、昭和六三年分が七九・八二パーセントとなるが、これは、比準同業者の売上原価率(昭和六二年分は七三・七四パーセント、昭和六三年分は七四・一〇パーセント)に近似する。また、原告が実額反証として主張する両事業の必要経費(別表五の<4>、ただし、売上原価及び減価償却費は除く。)は、昭和六一年分が四二九万〇五八三円、昭和六二年分が三七四万二一一五円、昭和六三年分が四四三万九一六五円であり、際立った増加は見られない。

これらのことからすれば、原告が、同業者と比べて格別利益が低いとはいえず、開業に伴い多額の支出を余儀なくされていたともいえない。

また、開業後年数が経過している者であっても、事情により安売りを行う場合もあり、開業直後であったからといって、原告のみが廉価での販売を余儀なくされていたとはいえない。

(原告の主張)

(1) 中華そば業について

(一) 中華そば業は、麺類のみを提供するもの、麺類に加え、ぎょうざやご飯ものを提供するものなど、その業態は多岐にわたる。したがって、麺の仕入金額から売上金額を推計する場合、売上全体に占める麺類の比率が同程度の者を比準同業者としなければ、推計の前提を欠くことになる。

例えば、昭和六一年分の比準同業者をみると、総収入金額に占める麺の仕入金額の割合(仕入率)には二倍以上の開きがあり、このことは、売上全体に占める麺類の比率が各業者ごとに大きく異なることを示すものである。被告は、いずれの年分についても、同業者の過半数が仕入率の平均値を上回っているから偏差は少ないとする。しかし、別表一の1のHとI、DとE、DとFなどを比較するとわかるように、各年分について、麺類の仕入金額は少ないが、総収入金額では同業者を上回るという逆転現象が相当数みられ、各比準同業者の売上全体に占める麺類の比率に著しい差異があることは明らかであり、この点からみても、被告の推計方法は著しく不合理というべきである。

(二) 原告は、いわゆるチェーン店に加盟しており、売上のほとんどを麺類が占め、麺類以外の売上が多い業者に比し、総収入金額が低くなる反面、材料費等が割高になり、経費率が高いという特徴がある。被告は、比準同業者の抽出に当たり、このような事情を考慮しておらず、本件推計には合理性がない。例えば、昭和六一年分の比準同業者の特前所得率に一二パーセントから四四パーセントまで四倍もの開きがあることは、被告がこのような営業事情を考慮しなかったことを示すものである。

被告は、チェーン店に加盟していることを同業者の抽出基準に加えると、比準同業者の数が減り、かえって、推計の合理性を確保できなくなるとするが、中華そば業者のうち、チェーン店に加盟している業者の数は相当多数を占めるから、被告の主張は理由がない。

(三) また、原告は、麺類一品あたりの単価を近隣の中華そば業者に比して五〇円程度安くしており、そのため、売上金額は近隣の同業者の平均を下回る。被告の推計は、このような事情を考慮していない点でも合理性がない。

(四) また、比準同業者の抽出に当たっては、地代家賃の支払いを要件に入れるべきであり、これを考慮しない被告の推計は合理性を欠くというべきである。

(2) 青果小売業について

被告は、青果小売業について、平均売上原価から総所得金額を推計しているが、このような推計方法に合理性が認められるには、仕入金額に対する小売価格の上乗せの割合が、原告と比準同業者とで同程度であることが前提となる。しかし、原告は、昭和六二年一月に青果小売業を開業して間もない状態であり、顧客獲得のため利益を度外視して低額に小売価格を設定しており、また、開業に伴う支出を余儀なくされていた。被告は、このような事情を無視して、開業後相当の年数が経過していると考えられる者を比準同業者として抽出しており、被告の推計には合理性がない。

(三) 本件各更正の適法性

(被告の主張)

被告が本訴において主張する本件係争各年分の総所得金額(事業所得の金額。ただし、昭和六一年分については譲渡所得の金額を加算した金額)は、前記(一)の(1)ないし(3)のとおり、

昭和六一年分 六一八万八四七八円

昭和六二年分 六二〇万四五五二円

昭和六三年分 七五八万二〇四六円

であり、本件各更正に係る原告の総所得金額は別表一ないし三の「更正・賦課決定」欄のとおり、

昭和六一年分 五六一万二二一九円

昭和六二年分 五三〇万一七一三円

昭和六三年分 六八八万五五〇二円

であり、いずれの年分も被告が主張する金額の範囲内であるから、本件各更正はいずれも適法である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

(四) 本件各決定の適法性

(被告の主張)

原告は、本件係争各年分の総所得金額をいずれも過少に申告していたので、被告は、本件各更正に伴い原告が新たに納付すべき所得税額

昭和六一年分 五七万七五〇〇円

昭和六二年分 四八万九六〇〇円

昭和六三年分 六八万五二〇〇円

を基礎として国税通則法六五条一項、二項及び四項により算出した過少申告加算税額

昭和六一年 一万四五〇〇円

昭和六二年分 二万五〇〇〇円

昭和六三年分 四万七〇〇〇円

をそれぞれ賦課決定したものであり、本件各決定はいずれも適法である。

(原告の主張)

被告の主張は争う。

4  実額反証

(原告の主張)

原告の本件係争各年分の売上金額、仕入金額、必要経費、事業専従者給与及び青色申告控除の内訳は、別紙一ないし三の各1の「計算書」記載のとおりで、売上金の内訳の明細は、同一ないし三の各2の「売上金内訳明細」記載のとおりであり、原告の所得金額は、昭和六一年分が二〇二万九六七二円、昭和六二年分が一九九万九四三一円、昭和六三年分が二六六万六〇〇三円である。なお、確定申告書の金額(別紙一ないし三の各1の所得金額のうち「決算書」欄記載の金額)に一部計算違い等があったため、本訴では訂正後の金額を実額として主張する。

被告は、原告が会計帳簿を提出していないことから、実額反証が不十分であるとするが、被告の主張は、原告のような現金商売の業者に無理難題を吹きかけるもので、失当である。原告の提出した売上帳(甲五号証、二四号証の一、二)は、原告の妻が、日毎の現金残高から売上金額を確認し、記帳したもので、十分正確性が担保されている。また、必要経費等に関し原告が提出した書証はすべて生の原始書証で、正確性が担保されているから、これにより十分実額反証は可能である。

被告の個々の点に関する批判は、あたかも原告の主張に根拠がないかのように印象づける、いわば、「ためにする」主張に過ぎない。

(被告の主張)

納税者が推計による所得の認定が過大であるとして、所得の実額を立証するには、その主張する実額と真実の所得金額が合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要がある。すなわち、(1)その主張に係る売上金額が係争年分のすべての取引から生じた総収入金額であること、(2)その主張に係る経費を実際に支出したこと、(3)右経費と総収入が直接費用については直接的個別的に、間接費用については期間的に対応することをそれぞれ合理的な疑いを容れない程度に立証しなければならないというべきである。

そして、自営業者が現金の収支を一元的・継続的に管理するためには、売上金額、仕入金額及び一般経費の収支を継続的に記帳した現金出納帳の備付けが必要である。ことに、原告のような現金商売は、顧客の大部分が帳簿等の作成を義務付けられない一般消費者であり、これらの者に対して取引内容を確認することは不可能であるから、収入金額を把握するためには、右の現金出納帳が不可欠である。そして、収入金額を継続的かつ個別・具体的に記録した会計帳簿である総勘定元帳又は売上帳及び経費帳が現金出納帳と突き合され、原始記録と照合されてはじめて、収入金額、必要経費の実額を把握しえ、費用・収益の対応関係を明らかにすることができる。

しかるに、原告は、売上帳と称するもの並びに仕入及び経費に係る請求書、領収書及び出金伝票等を提出するのみで、これらの帳簿書類を提出していない。また、原告は、売上金額について、出金伝票等の原始資料を提出しておらず、仕入金額や経費について提出する右書証には、右売上帳に記載されていない出金伝票があったり、領収書の日付又は金額と売上帳のそれとが相違するものが多数あるなど、信ぴょう性の疑わしいものが相当数みられる。

したがって、いずれにせよ、原告がその収入金額及び経費を実額により立証したとはいえない。

第三争点に対する判断

一  調査手続の違法性について

1  本件調査の経緯

証拠(甲六三号証、六五号証の一、二、乙六、七号証、証人吉田秀夫、同谷澤映吉、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、本件調査の経緯について以下の事実が認められる。

(一) 原告は、肩書住所地に居宅兼店舗を有し、妻を事業専従者としてチェーン店である「どさんこ大将」の屋号で中華そば業を営むとともに、昭和六二年一一月から平成元年六月までは、川崎市宮前区有馬一四番二二号において、妻を事業専従者として青果小売業を営む青色申告者であった。

(二) 被告係官である吉田秀夫(以下「吉田係官」という。)は、上司である統括官から、原告の差益率が低いので調査をするよう指示され、昭和六三年一一月二九日午前一一時ころ、昭和六〇年から昭和六二年までの各年分の所得税調査のため、事前通知なしに原告の中華そば店に臨場した。すると、原告は不在で、原告の妻が応対に出たので、吉田係官は、同人に対し所得税の調査のため来訪した旨を告げ、事業内容について質問したところ、同人は、事業内容は原告でなければ分からないと答えた。そこで、同係官は、同人に対し、翌日電話で連絡するので、その旨を原告に伝えてほしいと依頼し、原告が店にいる時間帯を尋ねたところ、同人は、一二時少し前ならば店にいると答えたので、同係官はその場を辞去した。

(三) 吉田係官は、同月三〇日午前一一時五五分ころ、中華そば店に電話したところ、原告は大変興奮した口調で、「突然来てなんだお前は。雨で濡れたかばんを椅子の上に置いたから椅子が濡れたじゃないか。公務員としてあるまじき態度だ。こちらは客商売なんだから謝れ。」、「ラーメン屋と分かっていてこの時間に電話をかけてくるのは非常識だ。」と抗議し、「今日の午後でもいいから有馬の店へ来い。」といった。

吉田係官は、同日午後二時ころ、原告が前記住所地で営む青果店に臨場した。すると、原告は、電話でのやりとりと同様の抗議を繰り返し、同係官が事業概況を尋ねると、「ラーメンにお新香をつけて四〇〇円で売っている。家のローン等の返済があり、事業も伸びていないので大変苦しい。」と答えた。また、同係官が取引銀行について尋ねると、原告は「反面調査をするなら、本人に聞かないでそちらでやれ。調査には応じるが、必ず立会人を呼ぶ。」と答えた。

そこで、吉田係官は、次回の調査日時について原告から電話連絡してもらうことにして、その場を辞去した。

(四) 同年一二月一二日、原告から吉田係官に対し電話で、調査日を同月一六日か三一日とすることでどうかという申入れがあったが、同係官はいずれも都合が悪いと答えた。すると、同月一九日、原告から同係官に対し、同月二二日午後二時ころ青果店に来るようにとの電話があった。

吉田係官が右日時に青果店に臨場したところ、店舗一階に「川崎北税務署吉田調査官来店」などと書かれた垂れ幕がかけられていた。店舗の横には五、六名の男性がおり、一緒に記念写真を撮ろうと申し出るなどしたが、同係官は「肖像権の侵害です。」といって断った。

吉田係官は、二階の六畳間に案内され、みかん箱をはさんで、原告とその妻及び二名の立会人と向かい合うように座った。その右隣の四畳半には、十数名の立会人が車座をなすように座っていたが、六畳間との間に仕切りはなく、右立会人から同係官らを見通せる状況であった。また、店舗の横にいた男性も二階へ上がってきたので、約二〇名の立会人がその場に同席するかたちになった。

吉田係官は、原告に対し、右立会人との関係を尋ねたところ、原告は友達だと答えた。そこで、同係官は、守秘義務に反することになるので、調査に関係のない第三者の立会いは認められないと述べ、立会人を退席させるよう要請した。しかし、原告は、「おれがおれの家に人を呼んで何が悪い。お前こそ、そんなことをいう権利があるのか。どうしておれが選ばれたのか、調査理由をいえ。」といって、これに応じなかった。

また、立会人の一人が、「どうして宮澤さんが選ばれたのか。」と発言したので、吉田係官が「所得を確認するためです。」と答えたが、原告は、「所得の確認だけでは、どこでもできる。どうしてうちが選ばれたのかその理由をいわなければ法の下の平等に反する。」といって、納得せず、依然、立会人の退席にも応じる様子を示さなかった。

また、吉田係官は、原告に対し帳簿書類等の提示を求めたが、原告は「調査理由が納得できないから見せない。」、「立会いを認めて帳簿をみてくれ。」といって、これに応じなかった。その後も、このようなやりとりが延々と続いたため、同係官は、これ以上調査を続けることは不可能であると判断し、この日の調査を打ち切り、午後四時ころその場を辞去した。

なお、原告は、右調査の際、帳簿書類を用意していたと供述するが、右供述によっても、用意していたとする帳簿書類の種類やそれらが置かれていた場所は明らかではなく、帳簿書類があったかどうかは分からなかったとの証人吉田秀夫の証言に照らせば、少くとも、吉田係官がこれを閲覧しうる状態にあったとは認められない。

(五) 吉田係官は、同月二六日、原告に電話をし、前回の調査では、調査理由が納得できないから帳簿を見せないということであったが、所得の確認ということのほかに利益が少ないこと(差益率が低いこと)も調査理由の一つであると説明した。すると、原告は「来年帳簿を見せる。」といったので、同係官は次回の調査日時について原告から連絡してもらうことにして、電話を切った。

(六) しかし、原告から連絡がなかったため、吉田係官は、平成元年一月二三日に原告宅に電話をしたところ、原告の妻が応対し、原告は風邪で寝ているが商売はやっている、もう少し待ってほしいといった。同係官は、同年二月六日にも原告宅に電話をしたが、このときも原告の妻が応対し、原告は風邪がまだ治っていないが、商売はやっていると話した。

(七) その後も原告から連絡がなかったので、吉田係官は、同年二月一三日午後二時三〇分ころ、事前通知なしに青果店に臨場し、原告に対し、連絡をするといいながら連絡をしてもらえず、帳簿を見せるといいながらまだ見せてもらっていないが、明日帳簿を見せてほしいと申し入れた。これに対し、原告は、「かぜをひいていたんだから仕方ないだろう。明日は仕入の都合があるので、来週帳簿を見せる。」と答えた。これに対し、吉田係官は、原告に対し、今後は税務署の方でも調査を進めること、このまま帳簿の提示がなければ青色申告が取り消される場合があることを告げて、その場を辞去した。

(八) その後、吉田係官は、原告の取引銀行等の調査を行っていたが、同年五月一六日午後二時三五分ころ、事前通知なしに青果店に臨場した。そして、原告に対し、このまま帳簿の提示がなければ青色申告が取り消される場合があること、調査の対象年分が昭和六一年分ないし昭和六三年分となったこと、今後も取引銀行等の調査を続けることを告げた。これに対し、原告は、「勝手にやるといったんだから勝手にやれ。銀行で差益が分かるのか。更正でも何でもしろ。でも、おれの方はちゃんと付けているんだから、後で恥をかくなよ。」といって、調査に協力する姿勢を示さなかった。そこで、同係官は、これ以上調査の進展は望めないと判断し、その場を辞去した。

(九) 同年七月の吉田係官の異動に伴い、被告係官である谷澤映吉(以下「谷澤係官」という。)が、上司の統括官から引き続き原告に対する調査を行うよう命じられた。

谷澤係官は、同月一七日午前一一時ころ、原告宅に電話をし、担当者が交代したので、所得税の調査に伺いたいと申し入れた。すると、原告は、「会う必要があるのか。お宅の方で勝手に反面調査をやって調査はもう終わっているだろう。前任者はもう会わなくていいといった。更正でも何でもすればいいだろう。」、「電話では仕方がないので、七月一九日の一〇時に来い。」といった。

(一〇) 谷澤係官は、右日時に中華そば店に臨場し、原告に対し、所得税の調査に伺った旨を告げ、帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告は、「今日は会うだけという話だった。前任者はもう調査は終わったから勝手にやるといっていた。」といい、同係官がなおも再三にわたり帳簿書類等の提示を求めたが、これに応じようとしなかった。そこで、谷澤係官は、これ以上調査の進展は望めないと判断し、次回の調査日時を決める事にした。原告は、調査には応じるが、用事があるので、次回は八月中旬になると述べたため、同係官は、次回の調査日時について原告から連絡をしてもらうことを約して、その場を辞去した。

(一一) しかし、原告から連絡がなかったので、谷澤係官は、同年八月二一日及び同月二九日、原告宅に電話をしたが、いずれも原告は不在で、応対に出た妻が電話のあったことを原告に伝えておくといった。

谷澤係官は、同年九月八日、原告宅に電話をしたところ、原告は「独自の調査をやって結果を通知するといったのに、また帳簿を見せろとはどういうことだ。それを説明すれば帳簿を見せてやる。」といった。そして、右やりとりの中で、次回の調査日を同月一三日とすることに決まった。

(一二) 谷澤係官は、同年九月一三日午前一〇時ころ、中華そば店に臨場したところ、そこには、原告とその妻のほかに約八名の立会人が待機していた。同係官は、原告と並んでカウンターに座り、立会人も、カウンターに座るなどした。谷澤係官は、原告に対し、右立会人との関係を尋ねたところ、原告は友達だと答えたので、同係官は、調査に関係のない者の立会いは認められない旨を説明し、右立会人を退席させるよう要請した。しかし、原告は「調査の理由をいえ。おれがいいといっているんだからいいだろう。」などといって、これに応じなかった。

それでも、谷澤係官は、少しでも調査を進めようと考え、帳簿書類を提示するよう求めたが、原告は「独自の調査をやって結果を通知するといったのに、また帳簿を見せろとは何事だ。謝罪しなければ見せない。」などと繰り返した。これに対し、同係官は前任者のことで分からないと答え、なおも帳簿書類の提示を求めた。すると、原告は突然立ち上がり、カウンターの上に置いてあったファイルをカウンターに強くたたきつけて激怒し、「署長の電話番号を教えろ。署長に会いに行こう。」といった。同係官が川崎北税務署の電話番号を教えると、原告は、総務課長らしき者に電話をし、「吉田はもういいといっていたのに、帳簿を見せろとはどういうことだ。」などと抗議した。

同係官は、このような状況では、これ以上調査を続けるのは不可能であると判断し、午前一一時五〇分ころ、その場を辞去した。

なお、原告は、中華そば店の売上帳をカウンターの上に広げて谷澤係官に示そうとしたが、同係官はこれを見なかったと供述する。しかし、証人谷澤映吉は、帳簿らしきファイルがあったが、帳簿かどうかは分からず、原告がこれをカウンターにたたきつけたと証言していることからすれば、右供述はにわかに採用しえない。

(一三) 谷澤係官は、同年一〇月一一日、別件の調査に赴いた先で偶然に原告と会ったが、その際、原告から帳簿を見せるといわれた。そこで、同係官は、調査に関係のない者の立会いなしで帳簿を見せてもらえるのかを質したところ、原告は「調査に立会人を呼ぶことは権利として認められている。立会人は絶対呼ぶ。」といった。そこで、同係官は、「当方で調査を進めている最中ですので、結構です。」と答えた。すると、原告は「それなら勝手にやれ。更正でも何でもしろ。徹底的に闘うからな。」といった。

(一四) 原告は、同月二四日午前一一時五分ころ、突然、川崎北税務署を訪れ、帳簿があるのになぜ自分のところに来ないのかなどと申し立てたが、谷澤係官が、立会人なしで帳簿を見せてくれるのかを尋ねたところ、原告は、立会人は絶対呼ぶと答えた。そこで、同係官は、当方で独自調査を続行すると述べた。

(一五) 原告は、翌日の同月二五日にも、野菜屑(ロウズ)を入れた箱を持参して川崎北税務署を訪れ、「同業者がどうのこうのいったので、これで調べろ。毎日持って来るからな。」といって、これを置き去った。

(一六) 谷澤係官は、平成二年一月一一日午後一時ころ、原告に電話をし、青色申告承認を取り消すことを告げ、調査結果に基づき算出した所得金額を伝えるとともに、修正申告の意思があるならば、翌日まで待つ旨を伝えた。すると、原告は、「今行くから待っていろ。」といって、同日午後一時三五分ころ、川崎北税務署を訪れた。そして、谷澤係官に対し「帳簿をみないで何でそんな数字が出るんだ。」といった。同係官が、帳簿を見せてもらえないので、当方で調査した結果である旨を告げると、原告は、吉田係官に次回は帳簿を見せるといったのに、もう結構ですといわれたと抗議した。谷澤係官が調査に立会人が多数同席していると適正な調査ができない、そのような状況では調査に協力してもらっているとはいえないと答えると、原告は「それなら更正でも何でもしろ。おれは勉強しているんだ。青色申告の取消しなんてそんなに簡単にできるものじゃないんだぞ。徹底的に闘うからな。」といって、立ち去った。

(一七) 以上のとおり認められ、原告本人の供述中、右認定に反する部分は、にわかに採用しえない。

2  調査の必要性の欠如

原告は、本件調査は、調査の必要性がないにもかかわらず、民主商工会の会員である原告に対する弾圧の意図でされたものであり、違法であると主張する。そして、証拠(甲九四号証、九六号証、一〇二号証、一〇五、一〇六号証の各一、二、証人谷澤映吉の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、従来、神奈川県内の民主商工会の会員に対する税務調査において、事実上、第三者の立会いを認めるなどの扱いがされた事例がある程度存したこと、東京国税局が「昭和六一事務年度留意事項」などにより、納税非協力者に対する調査の徹底、第三者の立会い排除、反面調査の早期着手等の方針を打ち出したこと、昭和六三年ころから、神奈川県内の民主商工会の会員に対する調査について、第三者の立会い拒否や反面調査の実施件数等が増加し、更正処分の件数も増加していること、原告は、川崎民主商工会の会員であり、少くとも谷澤係官は、本件調査の際、このことを知っていたことが認められる。しかしながら、所得税法二三四条の調査については、後述のように、その必要性、第三者の立会い等に関し、税務職員に相当程度の裁量が認められていること、被告は原告の差益率が低いことを理由に調査を開始したものであることからすれば、右認定の事実から直ちに、被告が民主商工会弾圧の目的で、ことさら原告に対する調査を行ったとまで推認することはできず、他に本件調査がもっぱらこのような意図で行われたことを認めるに足りる証拠はない。

そして、所得税法二三四条一項の「調査について必要があるとき」とは、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、過少申告等の疑いがある場合のみならず、当初からそのような疑いが明らかではないが、申告の真実性、正確性を確認する必要がある場合も含まれると解すべきところ、被告は、原告の差益率が低いことから、所得の確認のため調査を開始したことが認められる。

以上によれば、本件調査が直ちにその必要性を欠くものであったということはできない。

3  事前通知の欠如

吉田係官が昭和六三年一一月二九日、平成元年二月一三日及び同年五月一六日に、事前の通知をせずに原告の中華そば店ないし青果店に臨場したことは、前記認定のとおりである。しかしながら、税務調査に際し、納税者に事前通知をすべきことを定めた規定はなく、所得税法二三四条の質問検査をどのような方法で行うかは、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているというべきであるから、右措置が直ちに違法であるとはいえない。

4  調査理由の不告知

原告は、被告係官らが本件調査の際、具体的な調査理由を告げなかったことが違法であるとする。しかしながら、そもそも、所得税法二三四条は、質問検査権の行使に際し調査の具体的理由を開示すべきことを要件としておらず、他にこれを要求する規定はないから、調査理由を開示するかどうか及びその程度は、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているというべきである。また、前記認定のとおり、吉田係官は、平成元年一二月二六日の電話でのやりとりの際、原告に対し、所得の確認ということのほかに、利益が少ないことも調査理由の一つである旨を告げているから、ある程度具体的な調査理由を告知したものというべきである。そして、被告係官らが、原告の納得を得るように、右以上に調査理由を詳細に説明しなければならないと解すべき根拠はない。

原告は、昭和五一年度税務運営方針が、調査内容を納税者が納得するように説明すべきものとしていることを根拠に右程度の告知では不十分であるとも主張する。しかし、右運営方針は指針というべきものであって、法令ではないから、これに従わなかったからといって、被告係官らの措置が直ちに違法となるわけではない。

以上のことから、被告係官らの措置が違法とはいえない。

5  第三者の立会い拒否

昭和六三年一二月二二日及び平成元年九月一三日の調査の際、被告係官らが調査に関係のない立会人の退席を求めたが、原告がこれに応じなかったことは前記認定のとおりである。ところで、第三者の立会いについては、税理士への調査の通知に関する税理士法三四条以外に格別の規定がないこと、税務調査の内容が納税者のみならず、取引の相手方の営業上の秘密に及ぶこともあり、守秘義務のない第三者の立会いを認めると、公務員として秘密の保持を図り得なくなるおそれがあることからすれば、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられるというべきである。そして、前記認定のように、相当数の立会人が同席している状況において、国家公務員法一〇〇条による守秘義務を負う被告係官らが、原告の取引先等の秘密に配慮し、立会人の退席を求めたことが、右裁量を逸脱したものであるとまではいえない。

したがって、被告係官らの前記措置が直ちに違法であるとはいえない。

6  以上によれば、本件調査手続が違法であるとの原告の主張は、いずれも理由がない。

二  推計の必要性について

所得税の課税は、もとより真実の所得金額(実額)を課税標準としてするのが原則であり、所得税の更正も、原則として実額調査によるべきである。しかし、納税者が調査に応じないなど、実額調査ができない場合にこれを理由に課税をしないことは、租税負担公平の原則に反するから、このような場合には、実額調査による課税に替えて推計による課税が認められる。

前記認定のとおり、原告は、吉田係官の臨場調査に際しては、納得のいく調査理由を告げ、立会人の同席を認めなければ、帳簿書類の提示に応じられないとして、これに協力せず、同係官が、調査理由をある程度具体的に説明して協力を求めた後も、調査に非協力的な対応に終始していたものである。また、谷澤係官が担当者となってからも、吉田係官の従前の対応を非難したり、調査の際には必ず立会人を呼ぶと明言するなど、依然として、調査に非協力的な態度をとり続けていたものであり、このような経過が一年余にわたっていることからすれば、被告が原告の所得を実額で把握することは困難であったといわざるを得ない。

原告は、調査に積極的に応ずる意向であったが、被告係官らが立会人の存在にこだわり、調査を進めようとしなかったとするが、前記経過からすれば、原告が調査に積極的に応ずる意向を有していたとは認め難く、被告係官らが立会人の存在のみを理由に調査を進めなかったとはいえない。

以上のことから、被告が本件係争各年分の原告の所得を推計により算出する必要性があったというべきである。

三  推計の合理性について

1  証拠(乙一号証、二号証の一ないし七、証人鈴木盛の証言、弁論の全趣旨)によれば、本件係争各年分の原告の所得について被告がした推計方法は、以下のとおりと認められる。

被告は、原告の麺の仕入先である北宝商事株式会社及び青果の仕入先である東京都青果物商業協同組合城南支所多摩支部に対し、それぞれ反面調査を行い、材料の仕入金額を中華そば業について昭和六一年分が一一三万〇四〇〇円、昭和六二年分が九四万三二〇〇円、昭和六三年分が八七万八四〇〇円と把握し、青果小売業について昭和六二年分が一二八万九四〇六円、昭和六三年分が八四八万九〇五五円と把握した(なお、これらの仕入金額は、本訴において、原告も当初認めていたものであり、実額反証後も、これを下回る金額の主張はしていないものと解される。)

被告は、東京国税局長から平成三年一二月五日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面により、中華そば業について本件係争各年分を対象年分として、川崎北税務署管内に事業所を有し、中華そば業を営む者で、前記第二、二、3、(二)、(2)の(一)ないし(五)の基準に該当する比準同業者の、青果小売業について昭和六二年分及び昭和六三年分を対象年分として、川崎北税務署管内の宮前区に事業所を有し(弁論の全趣旨によれば、原告の青果店が宮前区に存することから、右基準によったことが認められる。)、青果小売業を営む者で、前記第二、二、3、(二)、(3)の(一)及び(二)の基準に該当する比準同業者の課税事績を報告するよう求められた。

被告は、右通達に従い、中華そば業については、内部資料である業種別名簿において中華そば業に分類される個人事業者のうち、前記基準に該当する者を別表一の1ないし3のとおり抽出し、青色申告決算書の記載等に基づき、その総収入金額、麺の仕入金額、経費の額等を記載した課税事績報告書を作成した。また、青果小売業についても、業種別名簿において青果小売業に分類される個人事業者のうち、前記基準に該当する者を別表二の1、2のとおり抽出し、同様の課税事績報告書を作成した。

被告は、中華そば業については、本件係争各年分の原告の麺の仕入金額を、同年分の比準同業者の売上金額に対する麺の仕入金額の割合の平均値(平均仕入率)で除した金額を総収入金額とし、右金額に同年分の比準同業者の総収入金額に対する特前所得の割合の平均値(平均特前所得率)を乗じた金額を特前所得金額とし、青果小売業については、昭和六二年分及び昭和六三年分の原告の青果の仕入金額(売上原価)を、同年分の比準同業者の売上金額に対する売上原価の割合の平均値(平均売上原価率)で除した金額を総収入金額とし、右金額に比準同業者の平均特前所得率を乗じた金額を特前所得金額とした。

そして、本件係争各年分の総所得金額を前記第二、二、3、(一)のとおり、それぞれ、昭和六一年分が六一八万八四七八円(譲渡所得金額を含む。)、昭和六二年分が六二〇万四五五二円、昭和六三年分が七五八万二〇四六円と算出した。

2(一)  以上のとおり、被告の採用した推計方法は恣意の介在する余地の少ないものである。また、証人鈴木盛の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告が比準同業者の抽出基準とした中華そば業とは、主として中華そばその他の中華風麺類及び簡易な中華料理を調理、提供するものであることが認められるから、中華そば業の売上金額は、一般的に麺の仕入金額と相関関係を有するものといえる。したがって、被告が、本件係争各年分の原告の麺の仕入金額を前記基準を満たし原告と事業規模の類似する比準同業者の平均仕入率で除する方法で、原告の総収入金額を算出したことには合理性があるものと認められる。

青果小売業についても、原告の青果の仕入金額を同様に原告と事業規模の類似する比準同業者の平均売上原価率で除する方法により総収入金額を算出したことには合理性が認められる。

また、比準同業者の抽出方法、抽出した比準同業者の特前所得率の算定方法も相当といえる。

(二)  これに対し、原告は、中華そば業の売上全体に占める麺類の比率はまちまちであるから、麺の仕入金額から売上金額を推計する場合、右比率が同程度の者を比準同業者として抽出すべきであるとし、原告の中華そば店は売上のほとんどを麺類が占めるから、被告が、比準同業者の抽出に当たり、この点を考慮しなかったことは不合理であるとする。

しかし、前述のように、中華そば業は主として中華風麺類を調理、提供することを事業内容とするものであることからすれば、各業者の売上に占める麺類の比率は一様ではないにしても、その差異は著しいものとはいえず、少くとも、右比率が同程度の者を比準同業者としなければ、麺の仕入金額を売上金額推計の基礎とすることが合理性を欠くとまではいえない。

もっとも、乙二号証の一ないし五によれば、被告の抽出した比準同業者の中には、総収入金額に対する麺の仕入金額の割合に二倍程度の格差が生じているものもみられるが、総収入金額は、単価の設定の仕方や顧客数などによっても異なるから、これが売上全体に占める麺類の比率を考慮しなかった結果であるとはにわかにいえない。

また、本件係争各年分の原告の売上全体に占める麺類の比率は、本件各証拠によっても明らかではなく、証拠(甲八〇、八一号証、原告本人尋問の結果)によれば、原告は、毎月ある程度の量の米を仕入れていることが窺え、中華そば店の定価表には、麺類のほかに、いわゆるご飯もののメニューが記載されていることが認められるのであり、原告の売上の大部分を麺類が占めているとはにわかに認められない。

したがって、原告の主張は、いずれにせよ理由がない。

(三)  原告は、いわゆるチェーン店方式をとっているため、チェーン店に加盟していない業者に比し仕入金額等が割高になるとし、このような事情を考慮しない被告の推計には合理性がないとし、原告本人は、原告の麺の仕入金額は、他の同業者に比し、一玉当たり五円から一〇円割高であり、その他の材料費も二〇パーセント以上割高であると供述する。

しかし、いわゆるチェーン店に加盟し、本部から材料等を一括して仕入れる方式をとっているからといって、仕入金額等が割高になるとは一概にいえず、原告の仕入金額が現に右の程度割高となっていることを裏付ける証拠もない。

原告は、昭和六一年分の比準同業者の特前所得率に最大で四倍の格差が生じていることは、チェーン店加盟の有無を考慮しなかった結果であるとする。しかし、特前所得率は、各業者の諸々の営業事情により差異が生じうるものであり、右格差が原告の主張するような理由により生じたものとはにわかにいえない。また、乙二号証の一ないし五によれば、本件係争各年分の比準同業者の特前所得率は概ね三〇パーセントから四〇パーセント前後であることが認められるから、昭和六一年分の特定の業者間に前述の格差が生じていることをもって、本件推計が直ちに合理性を欠くとはいえない。

以上のことから、チェーン店加盟の有無を比準同業者抽出の基準としなかったことが不合理であるとまではいえない。

(四)  原告は、中華そば店の一品当たりの単価を近隣の同業者よりも五〇円程度安くしているから、被告が比準同業者の抽出に当たり、このような事情を考慮しなかったことは不合理であるとし、原告本人はこれに副う供述をする。しかしながら、単価の設定は、各業者がそれぞれの営業事情を考慮して行うものであるから、各業者間にある程度の差異が存するのが通常であり、そのような個別の営業事情を斟酌しなかったからといって、本件推計が直ちに不合理であるとはいえない。また、原告の単価が他の同業者に比し実際に右の程度低額であることを認めるべき証拠もない。よって、原告の主張は理由がない。

(五)  原告は、青果小売業について、開業直後であったことから、顧客獲得のため、利益を度外視した低価格での販売を余儀なくされ、また、開業に伴う支出を余儀なくされていたとして、被告が比準同業者の抽出に当たりこれらを考慮しなかったことは不合理であるとする。

しかし、価格設定は、各業者がそれぞれの営業事情を考慮して行うものであることは前述のとおりであり、開業直後であるからといって、必ずしも低価格での販売を余儀なくされるとはいえず、原告が実際に、近隣の業者に比し格別低価格で販売を行っていたことを認めるべき証拠もない。

また、原告の実額主張を前提としたとしても、本件係争各年分に係る必要経費は、別表五の<4>のとおり、昭和六一年分が四二九万〇五八三円、昭和六二年分が三七四万二一一五円、昭和六三年分が四四三万九一六五円であり、青果小売業の開業の前後で格別の増額はみられない。

以上のことから、被告が、開業後の経過年数を考慮して比準同業者を抽出しなかったことが不合理であるとはいえない。

(六)  原告は、駐車場代として毎月六五〇〇円を支出していたとし、このような地代家賃の負担を比準同業者の抽出基準に加えるべきであるとも主張する。しかし、原告が駐車場を賃借していたかどうかは、本件各証拠によっても明らかではなく、原告が仮にそのような負担をしていたとしても、比準同業者の抽出に当たり、そのことを考慮しなかったことが直ちに不合理であるとはいえない。

四  実額反証について

所得税の課税は本来実額に対してされるべきものであるから、推計の必要性、合理性が認められる場合であっても、原告が実額に基づく反証をし、真実の所得を明らかにした場合、右所得を課税標準額とすべきである。もっとも、その場合、原告主張の売上金額がそのすべてであること、原告主張の経費を実際に支出したこと及び右経費が収入金額と対応するものであることが合理的な疑いを容れない程度に立証されなければならないというべきである。

ところで、原告は、本件係争各年分の所得金額及び売上金額の明細を別紙一ないし三の各1、2のとおり主張し(もっとも、原告主張の金額は、被告が指摘するように、一旦、別表五のとおり訂正されたが、最終の準備書面においては、再度、別紙一ないし三の各1、2のとおりとなるなど、必ずしも、判然としない。)、これを裏付けるものとして、売上帳(甲五号証の一、二、二四号証)、仕入及び経費に係る請求書、領収書等を提出する。しかし、原告の収入のほとんどが現金決済によるものであることは争いがないところ、原告は、これらの原始資料が正確なものかどうかを検討するための現金出納帳、総勘定元帳等の会計帳簿を提出していない。原告は、経費を支出の都度、中華そばの売上帳(甲五号証の一、二)に記載していたと供述するが、これには、現金残高の記載がなく、甲号各証によれば、経費、仕入金額のうち、領収書、出金伝票があるが、売上帳に記載のないものや、売上帳に記載があるが、領収書、出金伝票の裏付けのないものが相当数みられる。また、青果の売上帳(甲二四号証)にも、現金残高の記載がなく、仕入金額や経費に関する記載もない。さらに、売上金額については、中華そば業、青果業のいずれについても、売上帳の記載の正確性を検討するための売上伝票等の原始資料が提出されていない。

以上のことからすれば、前記売上帳が日毎の入出金を漏れなく記載した会計帳簿ないしこれに準ずるものとみることはできず、原告主張の売上金額、経費が実際の入出金と符号することが立証されているとはいえない。

また、証拠(甲七号証の八八ないし九四、一二八ないし一三九等の有限会社浅川酒店の領収書、原告本人尋問の結果)によれば、有限会社浅川酒店からの調味料の仕入に関する領収書の中には、事業用のみならず、自家消費分も含まれていることが認められ、そのほか、水道光熱費、接待交際費等、原告が経費として主張するものについても、どの部分が原告の事業に関する経費か明らかでなく、その全額を必要経費と認めることはできない。

以上によれば、原告主張の収入が実際の収入のすべてであること及び原告主張の経費を実際に支出したことについて立証がされたといえないことは明らかであり、その余の点について判断するまでもなく、原告の実額主張は理由がない。

五  本件各更正及び決定の適法性

被告が本訴で主張し、その合理性が認められる原告の本件係争各年分の総所得金額は、それぞれ、

昭和六一年分 六一八万八四七八円

昭和六二年分 六二〇万四五五二円

昭和六三年分 七五八万二〇四六円

であるところ、本件各更正における原告の総所得金額は別表一ないし三のとおり、それぞれ、

昭和六一年分 五六一万二二一九円

昭和六二年分 五三〇万一七一三円

昭和六三年分 六八八万五五〇二円

であって、いずれの年分も被告が本訴で主張する総所得金額の範囲内であるから、本件各更正は適法であり、したがって、これらの金額を前提としてされた本件各決定も適法である。

六  結論

以上のとおりであり、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)

別表一

昭和六一年分

<省略>

別表二

昭和六二年分

<省略>

別表三

昭和六三年分

<省略>

別表一の1

昭和61年分中華そば業者の課税事績表

<省略>

別表一の2

昭和62年分中華そば業者の課税事績表

<省略>

別表一の3

昭和63年分中華そば業者の課税事績表

<省略>

別表二の1

昭和62年分青果小売業者の課税事績表

<省略>

別表二の2

昭和63年分青果小売業者の課税事績表

<省略>

別紙一の1

61年度計算書

<省略>

別紙一の2

61年売上金内訳明細

<省略>

別紙二の1

62年度計算書

<省略>

別紙二の2

62年売上金内訳明細

<省略>

別紙三の1

63年度計算書

<省略>

別紙三の2

63年売上金内訳明細

<省略>

別表四

一般顧客に対する売上金額に係る売上原価の割合算定表

<省略>

別表五

原告主張額(原告準備書面(九)により訂正後のもの)

<省略>

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